失われてゆく、我々の内なる細菌

失われてゆく、我々の内なる細菌

『失われてゆく、我々の内なる細菌』 マーティン・J・ブレイザー 山本太郎訳 みすず書房 2015年

 

マーティン・J・ブレイザー氏の『失われてゆく、我々の内なる細菌』は、私たちの体内に生息している微生物や常在菌の多様性や「マイクロバイオーム」がいかに重要であるか考えせてくれる一冊です。

 

ちなみに「マイクロバイオーム」とは、「ヒト体内の常在菌とそれが発現する遺伝子群、および常在細菌とヒトの相互作用を含む広い概念のこと」だと訳者の山本太郎氏は述べています。

 

また、肥満症、若年性(Ⅰ型)糖尿病、アレルギー性疾患、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)、セリアック病、胃食道逆流症(特に子供)、自閉症などの現代病に対する考え方や見方に対して、新しい視野を投げかけてくれます。

 

これらの現代病の多くは、高カロリー・高タンパクの食事や、砂糖、脂質の摂り過ぎ、栄養バランスの崩れ、運動不足などの生活習慣によって引き起こされると考えてしまいがちです。

 

しかし著者のマーティン・J・ブレイザー氏は、ある時期を境にこれらの現代病や原因不明の難病が急激に増えてしまった要因のひとつとして、主に医療の現場における「抗生物質」の乱用を挙げています。そしてこの事実が私たちの体内に生息している微生物の種類や数を減らしてしまい、多くの現代病の疾病リスクを高めているのだとしています。

 

また畜産業において家畜に対して農家が成長促進のために必要以上に抗生物質を使用することは、食品を通して私たちの体に良からぬ影響を与えると述べています。

 

 家畜から果実まですべてを集中的に生産するシステムを持っている近代農業は、抗生物質耐性菌と同時に抗生物質そのものを直接ヒトに持ち込む。その結果起こりうるであろうことについても、本書で触れていく。しかし私の研究に関して言えば、最も重要なのは成長促進効果である。若年時に摂取した抗生物質が家畜を太らせ、その成長過程に変化を起こすならば、私たちの子どもに抗生物質を与えるときにも同じことが起きるのではないだろうか。病気の治療に抗生物質を用いるときでさえ、意図的ではないにしろ、そうした状況を招来している可能性があるのである。

(『失われてゆく、我々の内なる細菌』p95~96)

 

さらに胃がんや胃潰瘍の原因であるとされる「ピロリ菌」が完全に悪者扱いされ、抗生物質によって次第にヒトの体から姿を消してしまうことで、反対にアレルギーや胸やけ、胃食道逆流症がひき起こされるリスクが高まるのではないかということについても推察しています。

 

これらのことに関してマーティン・J・ブレイザー氏は、『失われてゆく、我々の内なる細菌』のなかで以下のように述べています。

 

 私たち人間も、何千年にもわたって多様な微生物の宿主となってきた。そうした微生物はヒトという種とともに進化してきた。口腔や腸管、鼻腔、耳腔、あるいは皮膚で繁殖してきた。女性では膣にも棲む。個人のマイクロバイオームを構成する微生物は三歳までの幼児期に決定され、成人してからも幼児期の構成をよく保つ。こうしたマイクロバイオームは、ヒトの免疫系や病気への抵抗性に重要な役割を演じる。簡単に言えば、私たちの健康を保っているのは、私たち自身のマイクロバイオームであると言うことができるかもしれない。その一部が今、失われようとしている 。

(『失われてゆく、我々の内なる細菌』p6)

 

理由は私たちの周囲にある。抗生物質の乱用や帝王切開、消毒薬の使用などである。抗生物質に耐性の結核菌は以前から問題であった。一方近年は、クロストリジウム・ディフィシルなどの腸管細菌の薬剤耐性や、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の流行が問題となっている。こうした流行の背景には、抗生物質使用による選択圧がある。
     薬剤耐性病原体の存在が脅威であると同じくらい、ヒトのマイクロバイオームの多様性喪失は致命的な出来事なのである。それは私たち自身の代謝や免疫、認識に影響を与えながら、マイクロバイオーム自体の発達に影響を与える 。

(『失われてゆく、我々の内なる細菌』p6~7)

失われてゆく、我々の内なる細菌

失われてゆく、我々の内なる細菌の本当の意味

しかしマーティン・J・ブレイザー氏による『 失われてゆく、我々の内なる細菌』の内容は、短絡的に抗生物質の使用を「悪」だと見なして批判し、糾弾しようとするものではありません。

 

最初から最後まで通読してみると分かることですが、「抗生物質」はヒトの「マイクロバイオーム」に対して、微生物や常在菌の数や種類を減らすといった悪影響 を与えているという見識を示しながらも、抗生物質が様々な感染症の治療に役立ち、多くの生命を救ってきたという事実から目を背けているわけではないので す。

 

マーティン・J・ブレイザー氏は『 失われてゆく、我々の内なる細菌』 の「エピローグ」において以下のように述べています。

 

  本書が取り上げた諸問題は地球温暖化ほど深刻ではないし、短期間に起こったものである。抗生物質や帝王切開を禁止することを望んでいるわけではない。私は単にそれらをもっと賢明に使うべきであると考えているだけである。副作用に対処すべき方法を考慮すべきだと言っているのである。過去を振り返ってみるときには、真実は常に明らかだ。太陽が地球の周りをまわるとか、地球が平らであるなどと、人々はどうして考えることができたのだろう。すでに確立された定説と いうものは力強く、圧倒的な力を持って私たちに迫ってくる。

 

 抗生物質には利益とともに生物学的対価がかかる、という問題 が提起された以上、地平線は移り始めた。答えはこうだ。抗生物質は、人間に被害をもたらさない細菌にも影響を与える。現在二分の一から三分の一の出産がそ うである帝王切開もそうだ。自然な細菌叢を変化させることは、複雑な結果を生みだすに違いない。

 

 こうした因果関係から逃れることはできない。ヒトとともに古代からある細菌には、そこに存在する理由があり、ヒトの進化にもかかわってきた。それらを変えることは何であれ、潜在 的対価をもたらすことになる。私たちは今それらを大幅に変えている。払うべき対価がそこにはある。それを、私たちは今認識し始めたばかりである。

(『失われてゆく、我々の内なる細菌』p244~245)

 

著者のマーティン・J・ブレイザー氏 が述べようとしていることは、自動車が便利さを私たちの生活にもたらすと同時に交通渋滞や環境汚染を引き起こしたのと同じように、抗生物質にも病気を治すだけではなく病気を引き起こすという、光と闇の側面が両方ある諸刃の剣だということだと思われます。

 

また、氏は次第に問題が大きくなり、気候変動のように訪れるであろうマイクロバイオームの壊滅的な状況を、「抗生物質の冬」と呼んでいます。

 

  私たちはこれまでのやり方を変えない限り、「抗生物質の冬」に直面するだろう。大きな悪夢である。私たちが隔離によって守られることはもはやない。私たち は今、ひとつの大きな村に、何十億人もの人と一緒に暮らしている。そのうちの無数の人々が、壊れた防御機構とともに暮らしている。疫病がやってくれば、それは速く、そして密に広がる可能性がある。川が氾濫し自然の堤防を越えても、避難場所もないような事態だ。こうした危機は、私たちの放蕩な抗生物質使用が増大させてきた。そのことはいずれ振り返ってみれば了解されるだろう。糖尿病や肥満といった問題も心配だが、私が警告を鳴らす最大の理由は、この抗生物質 の冬への恐怖なのである 。

(『失われてゆく、我々の内なる細菌』p220~221) 。

 

本書 『 失われてゆく、我々の内なる細菌』 を読んで考えさせられることは、その「抗生物質の冬」が到来するのを回避するために、これからの未来に対して私たちがどのような行動を今から選択していくか、ということの重要性だと思われます。

 

そして腸内細菌をはじめとした常在菌の多様性がどのように私たちの健康に関わっているかということや、微生物や腸内細菌によって私たちは生かされているということについて考えを巡らせることも、これからの社会において大切なのではないでしょうか。

失われてゆく、我々の内なる細菌
失われてゆく、我々の内なる細菌
『失われてゆく、我々の内なる細菌』 目次

第1章 現代の疫病
第2章 微生物の惑星
第3章 ヒトのマイクロバイオーム
第4章 病原体の出現
第5章 驚異の薬
第6章 抗生物質の過剰使用
第7章 現代の農夫たち
第8章 母と子
第9章 忘れられた世界
第10章 胸焼け
第11章 呼吸困難
第12章 より高く
第13章 ……そしてより太く
第14章 現代の疫病を再考する
第15章 抗生物質の冬
第16章 解決策
エピローグ

原注
訳者あとがき
索引

失われゆく、我々の内なる細菌