抗生物質と人間

ここでは山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』を、腸をより深く知るための書籍として紹介しています。

 

長崎大学熱帯医学研究所の教授である山本太郎氏の『抗生物質と人間ーマイクロバイオームの危機』(岩波新書)は、抗生物質の乱用に対して警鐘を鳴らす一冊として興味深い内容になっています。

 

しかし、抗生物質の乱用に対して警鐘を鳴らすとはいっても、著者の山本氏は抗生物質の存在を否定しているわけではなく、「抗生物質の使用がいけないわけではない。抗生物質が生命に対していかに劇的な効果を示すか私たちはこれまでにも見てきた。その過剰使用が問題なのである」と述べています。

 

ペニシリンやストレプトマイシンなどの抗生物質が人びとを多くの病気から救ったことは確かです。しかし近年は、必要以上に抗生物質を乱用することによって、腸内細菌の攪乱(かくらん)が起き、そのことが炎症性疾患や自己免疫疾患、アレルギー性疾患などの増加をもたらしたのだとすれば、それは皮肉だとしか言いようがありません。

 

そしてそのことによって、抗生物質を今までのように使用していくべきか否かというジレンマに私たちは陥っているように思われます。

 

 

著者の山本氏は、第6章「未来の医療」において、このような抗生物質による微生物の攪乱という、私たちが現在直面している状況に対して、「医師の側にとっても患者の側にとっても、その実現は必ずしも容易な道ではない」ことを自覚しつつも、「私たちに残された道は、その使用法を見直すことしかない」としています。

 

さらに、「私たちに残されている道は一つしかない」として、微生物との「共生、共存」について言及しています。

山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』 
山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』 岩波新書 2017年

本書『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』は、コンパクトな新書であるにもかかわらず、腸内細菌叢をはじめとした微生物の世界について詳しく簡潔にまとめられていますので、抗生物質のことだけではなく、微生物のことについて全般的に知りたいという方にもオススメすることができます。

 

なお、著者の山本太郎氏はほかに『感染症と文明』などの著作もあるほか、 マーティン・J・ブレイザー失われてゆく、我々の内なる細菌』(みすず書房)の翻訳なども手がけています。

 抗生物質とは、微生物によって作られる、他の細胞の発育または機能を阻止する物質の総称であると書いた。ここでいう他の細胞には、当然、病原細菌だけでなく、宿主細胞も含まれる。例えば、抗生物質が病原菌の発育や機能を阻止したとしても、同時に宿主細胞のそれをも阻止したとすれば、その抗生物質は実用的には使用できない。別の言い方をすれば、できる限り宿主細胞を傷害することなく病原菌だけに作用することができれば、人体にとって副作用が少なく、効果が大きな抗生物質となる。専門用語でこれを「選択毒性」という。医療の現場で使用される抗生物質は、その意味では、なんらかの方法で細胞に対する選択毒性を発揮することによって、機能を発揮する物質なのである。(山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』 p23

山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』 

 感染症は生体に炎症を引き起こす。以前と比較して、感染症が減少した現代に、なぜ、炎症性疾患や自己免疫疾患、アレルギー性疾患が増加してきたのか。炎症性疾患のなかには肥満も含まれる。肥満の本態は、脂肪組織が引き起こす慢性の炎症である。そのために正常の代謝が阻害される。炎症は脂肪組織の新生を妨げ、既存の脂肪細胞への過剰な脂肪の蓄積をもたらす。その結果、脂肪組織が果たすべき機能が不全に陥るのである。それがさまざまな合併症を引き起こす。

 

(中略)

 

 多くの研究者が、ヒト常在細菌、なかでも腸内細菌の攪乱が原因かもしれないと考え始めている。腸内細菌の攪乱は、抗生物質の過剰使用、高糖分、高脂質の食事が引き金になって引き起こされる。抗生物質の使用は、感染症の抑制を目的とするが同時に、私たちの身体に常在する共生細菌をも排除する。常在細菌の攪乱は、免疫機能の異常亢進をもたらす可能性がある。これまで何十万年にわたってヒトと共生してきた細菌の一部には、制御性T細胞の存在を通して、行きすぎた免疫反応を抑制する作用があることもわかってきた。

それが攪乱されたとすれば……。(山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』 p102~103

 抗生物質の過剰使用は、耐性菌を生み出すだけでなく、使用者を他の感染症や免疫性疾患に罹患させやすくなる。抗生物質耐性細菌の存在と合わせて、これを「抗生物質の冬」と呼ぶ専門家もいる。

 

(中略)

 

 ポスト抗生物質時代における新たな関係を築き上げるために、私たちは、もう一度、抗生物質との関係を見直す必要がある。答えは、明らかである。抗生物質の使用を必要最小限にまで減らせばよい。すべての細菌に効く抗生物質ではなく、特定の細菌にだけ効く抗生物質を使用すればよい。しかし、そこへ至る道は容易ではない。(山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』 p138

山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』 

抗生物質と人間 目次

プロローグ―抗生物質がなくて亡くなった祖父母、抗生物質耐性菌のために亡くなった祖母

 

第1章 抗生物質の光と影

第2章 微生物の惑星

第3章 マイクロバイオームの世界

第4章 抗生物質が体内の生態系に引き起こすこと

第5章 腸内細菌の伝達と帝王切開

第6章 未来の医療

 

エピローグ―世界の腸内細菌を探しに